教室とADHD

 いくつかの疑問

 ADHDという病名が作られ、その特徴に該当する人たちがいる。ADHDという病名がまだないときも、現在ADHDの人たちに処方される薬はそのような症状に対して対処したいと思う人たちに対して処方されていたのだろうか。病気として名前が付くことと、対処のための薬が作られることはどのような関係にあったのか。

 学校では、ADHDであるとされた子どもが薬を飲むことがある。「みんな同じに行動すること」が求められる学校では、同調性が求められる場面で、それができない子どもに対して、ADHDではないかと疑い、親やスクールカウンセラー、外部機関、担任などが話し合い、薬が処方され、学校で過ごしやすいようにすることがある。本人、他の子ども、担任など利害関係が絡まってもいる。

 薬の処方ほど直接的ではない方法でも、その子どもには「介入」がなされる。例えば、自己肯定感を高めることで適切な行動を促すこと。また、行動療法の知見から「ほめる」ということが推奨される。適切な行為をしたときに、正の強化を与えて、不適切な行動を減らしていく。しかし、そのような穏健な方法での「介入」もまた、同調性を求めているという側面がある。ではどうするか?

 特別支援学級や通級指導、特別支援学校、学校支援員、スクールカウンセラーなど選ぶことができる選択肢はいくつもある。症状が重い子どもは、WISCなどの知能検査を受けることを勧められ、特別支援学校や学級に行って勉強した方が本人にとってよいと語られることがある。一方、地域の学校で勉強したいと考え、特別支援学校ではなく地元の「普通」の学校に行きたいと考えた人たちが、運動をしたりしていた過去もある。ADHDと診断を受けるということはどういうことなのか?